運命の紅い糸

「見て見て剣心!!星がきれい・・。」「そうでござるな。」

薫と剣心は、夜道をお散歩。夏が近い初夏の気温に外の風は心地よい。

空を見上げてはしゃぐ薫が剣心には、無邪気で微笑ましかった。

「月も綺麗だねっ!!風も気持ち良いし。散歩に出てきて良かったね。剣心!!」

「そうでござるな。薫殿が嬉しそうで何よりでござる。」剣心は、優しく微笑む。

心地よい風が頬を撫でた。

「このところ、拙者は、神谷道場を留守にする事が多かったでござろう?薫殿に元気が無いと弥彦が心配していたでござるよ。」

剣心は、視線を薫に移した。

先ほどまで空を見上げて嬉しそうにしていた顔は俯き、楽しそうに笑っていた瞳は伏せられて今にも泣き出しそうだ。

「・・何かあったでござるか?」

しばらく沈黙が流れて「何でもないの!!」

と、明るい声が返って来た。「・・薫殿・・。」剣心は、不意に薫の頬に触れた。

薫は、驚きもせずに、黙って受けれる。

「・・拙者は・・元気な薫殿が好きでござる・・。」少し気恥ずかしそうに言う剣心。

「・・うん!!ありがとう。」淡い月灯りでは、剣心の表情を見ることは出来ないけれど、薫にはそれが手に取るように分かっていた。

「剣心。今、赤くなってるでしょ?」 「・・・。」

ピチチ・・)朝日がまぶしい。近くなる夏の気配。蒸し暑いかぜが吹いていた。

まだ、自分以外誰も起きてはいないのか、家の中は静まり返っている。

「何だか寂しいなぁ・・。」誰も聞いているはずなどないのに独り言。

「面・・!!胴!!」庭を歩いていると、威勢の良い声が聞こえてくる。

「弥彦!?起きてたの?」

日に焼けた肌に意志の強そうな瞳。

少年の頬を汗が伝い落ちる。

「おう!!稽古しねぇと強くなれねぇからな!!」

竹刀を振り下ろす。ブン!!と勢いのいい音がした。

薫は、微笑んだ。まっすぐで一生懸命な弥彦が微笑ましかったから。

「よし。じゃあ特別にあたしも稽古に付き合ってあげる!」「ベツニ頼んでねェよ。」

「何ですってぇ!?生意気〜!!相手してあげるから覚悟しなさい!!」

朝からいつもの喧騒。にぎやかな神谷道場だ。

「随分にぎやかでござるなぁ。」「剣心!!」弥彦と薫の言葉が重なった。

「おはようでござる。薫殿。弥彦。」剣心は、いつもと変わらない笑顔で微笑んだ。

「おはよう。どこかに行ってたの?」

神谷道場の食客は、額に薄っすらと汗をかいている。

「稽古か?」

弥彦の言葉に「そんなようなものでござる。」と、苦笑い。

「ご飯にしましょうか。」

「よぉ!剣心。」朝食時を狙ったのか突然の訪問者・相楽左之助。

「左之。今日は、随分と早いでござるな。」

「おう!!今日は、お前に話があるからな!!譲ちゃん、飯!」

突然の訪問者・左之助は、図々しくも朝食を要求していた。

「図々しいぞ!左之助。」

「あ゛?いいんだよ。俺は、剣心のダチだから。」

良くはない。

「今用意するわよ!!」

こうしていつもの朝食が始まった。

「おかわり!!」「おかわり!!」「おかわり!!」弥彦はいつにも増して食欲が旺盛。

(バコ!!)薫が、釜の蓋を弥彦の顔に押し当てる。「落ち着け。そして食え。」

「で?話はなんでござるか?左之。」朝食も終わり、薫と弥彦は稽古の真っ只中。

剣心と左之助は、剣心の部屋で会談中。「実はよ。お前に来て欲しい場所があるんだ。」

「おろ?」

「・・どこかと思ってついてきて見れば・・。」

剣心は、気が重そうに言った。

「たまには羽伸ばせって。譲ちゃんや弥彦の前じゃ息が詰まるだろ。」

開けた街。大きな看板が一際目をひく。

「いいから付いて来いって。」

「おろろ〜!!」

左乃助に引っ張られ『架乃屋』と書かれた看板の店に入った。

「いらっしゃいませぇ〜!!」

威勢の良い女性店員の声。

「左之・・。ここは・・。」

「茶屋だ。」

※ 茶屋・・芸妓さんや舞妓さんを呼んでお酒などを飲む場所。

「・・拙者は昼間から酒は飲まないでござる・・。」

「固いこと言うなって!!俺のおごりだからよ!!」

珍しい事もあるものだと剣心は思った。

「珍しいでござるな。」

「ダチがやってる店なんだよ。」

どうせいつもツケなのだろう。

と剣心は、内心苦笑い。

「しつれいします。」

白地に大きな牡丹柄の着物。

色白で小柄の女性が入ってきた。

「左之助さん。呼ばれてますよ。ツケを払ってくださいって。」

静かに落ち着いた声で女性は言った。

「やベェ。おい、剣心。夕方迎えに来るからよ。じゃあな!!」

「左之〜!?」

左之助は、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

「幸乃(ユキノ)と申します。お見知りおきを。」

沈黙が流れる。

剣心の視線は、幸乃の顔で止まった。

「・・何か?」

あまりにも見つめすぎて不審に思われてしまったようだ。

「・・いや・・何でもないでござる・・。」

伏せていた顔を上げた横顔が遠い昔に亡くしたひとの面影に似ていた気がした。

「ほら!!もっと姿勢を低くして!!」

「はい・・!!」

(ポタ・・)汗が落ちた。

「ふぅ・・。」

薫は、溜息をつく。

「おい薫。どうした?」

弥彦と薫は出稽古中。

「何でもない。ただ、今頃剣心何してるのかなぁと思って・・。」

「いいのかよ?神谷道場師範代が出稽古中に稽古以外の事、考えてて。」

薫は、俯いてしまった。

「そうね・・。真剣に稽古しないとダメだよね・・。」

「どうぞ。」

「すまぬでござる・・。」

猪口に注がれた酒が静かに揺れた。

「いいえ。仕事ですから。」

無表情。愛想の欠片もない幸乃の表情を見ているとふいに思い出す面影。

雪舞う思い出。猪口の水面に視線を落とすと今でも鮮明に蘇る記憶。

「どうかしましたか?」

ふいに現実に引き戻された。

「・・いや・・。」

沈黙が流れる。

「とても・・悲しそうな顔をされてましたけど・・?」

今は、過ぎてしまった昔。

「・・昔の事を・・思い出していたでござる・・。」

今は・・自分で選んだ道だから。

今を生きるしかないのだ。

「過去の思い出は、ずっと綺麗なままなんです。だから、それに捕われていては今を進んでは行けません。」

剣心は、瞳を見開く。

何もかも見透かされた気がして少し驚いた。

「そうでござるな。昔亡くしたものはもう戻っては来ない・・。」

「・・戻ってこないものより、今を大切に生きてください。」

面影の似た女は、まるで全てを知っているかのように言う。

「大切なモノは・・今も昔も変わらないでござる。」

「そうですか。」

幸乃は、微笑んだ。

「もう!!剣心遅いなぁ。せっかくご飯作って待ってるのに・・!!」

薫が出稽古から帰ったのは、空が茜色に染まり始めた頃。

今では、日もすっかり暮れて辺りは薄暗いというのに剣心は、まだ帰ってこない。

「左之助もついてるし、心配する事ねェよ。」

「・・だから心配なのよ!!」

「ありがとうございましたぁ!!」

女性店員に見送られて剣心は、店を後にした。

「羽根は伸ばせたかよ?剣心。」

大分待たせて左之助が迎えに来た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「・・遅いでござるよ。左之。薫殿に怒られるでござる・・。」

「心配すんなって。俺が上手い言い訳考えてやっから。」

「・・余計心配でござるよ・・。」

「ただいまでござる・・。」

剣心は、重苦しい気持ちで神谷道場の門を潜った。

「・・遅い!!今まで何してたのよぉ!?」

予想通り薫は、鬼の形相。

「・・さて。俺は、剣心を無事送り届けたから、けえる(帰る)ぜ・・。」

「左之・・!?」

言い訳を考えてくれるのではなかったか?

と、思ったが、今の薫を見れば、帰りたくなる気持ちは分かる。

剣心は、内心「卑怯者〜!!」と、叫びたい気持ちだったが、苦笑いを浮かべていた。

「・・もう!!心配したんだから・・。」

薫の表情は、見る見る曇る。

「・・すまぬ。つい遅くなってしまって・・。」

「いいの。帰ってきてくれたから。」

薫は、微笑う。その瞳には、小さく涙が光っていた。

想い合う恋人同士は、紅い糸で繋がれてるというけれど。

あたしと剣心も・・繋がれてるのかな?

もしも、繋がれてるのなら・・どんなに離れてても、剣心がどんなに遠くても。

きっと帰ってきてくれるよね?帰ってきてくれたら、きっと紅い糸があるんだよね。

あたしの気持ちには気付いてくれなくても良いから。

きっと帰ってきてね・・。