紅の月
ずっと傍にいて欲しいのに。そう言葉に出来ないのは、あなたが風の様な人だから。
私の想いを口にしたら・・私はあなたを捕らえてしまう。
あなたは、ただ風の様にそよぐことを願っているのに・・。
紅い月が戦場を照らす。
星が無情にも美しく瞬く夜。
血に染まる戦場に一人の男が立ち尽くす。
時代は、薫と剣心が出会うずっと前。
京に都が移った頃。平安時代の話。
「薫姫様!こんなに夜遅い時分にお部屋を出られてはあぶのうございますよ!?」
京・三条。ここは、名門とは言えないまでもそれ相応に豊かに暮らす貴族、神谷家のお屋敷。
「・・分かってるわよ。分かったから大きな声出さないでっ!!みっともない!!」
身の回りの世話をさせている梢(コズエ)を叱り飛ばしたのは、この家のお嬢様、少々おてんばな17歳、薫。
「申し訳ございません・・。さぁ、薫姫様。お部屋にお戻り下さい。」
「・・・。」
お屋敷からの脱走を試みた薫の作戦は、ものの見事に失敗した。
夜になるのを待って誰にも気付かれずに部屋を出たまでは良かったのだが、出口に向かうまでの途中、中庭に面している廊下で梢にばれてしまった。
「・・わかったわ・・。」
観念して部屋へと戻る薫。
しかし、おてんば娘の根性は、これしきでくじけるほどやわではなかった。
薫姫が屋敷を出たいのには訳がある。
最近年頃になった薫に何かと言うと皆、
「ご結婚は?」
と聞いてくるのだ。
薫は、まだまだ結婚する気など当然無い。
皆の態度がうっとうしくて仕方ないのだ。
『・・こうなったら家出よ!家出!!』
薫はそっと決意したのだった。
翌日、早朝。
「今度は絶対、成功するわ!!」
まだ日も昇りきらない早朝。
薫は、家のものに気付かれないよう、足音を忍ばせて出口へ―。
何とか屋敷を出る事に成功したのだった。
「・・家出はしてみたものの・・どこへ行こうかしら・・?」
屋敷から出る事など滅多に無い薫姫。
どっちに行ったらいいのやら、右往左往するばかり。
(ぎゅるる〜♪)
行き先を決めたのは薫のお腹の音だった。
「お金も多少はあるし・・市場へでも行って朝ご飯食べよっ♪」
上機嫌で市場へ向かう。
『どんな美味しいものが売ってるのかしら〜♪うふふ。楽しみ〜!!』
色気より食い気。
まだまだ結婚とは程遠い、薫姫、17歳。
この先、とんでもない災難が待ち受けているとも知らず、スキップで市場へ向かうのはさすがは世間知らずのお姫様といったところだろう―。
「・・わぁっ!!賑わってるわねぇ〜!!」
薫姫、市場に到着。
そこは、今まで見たこともないほどの人や物で賑わっていた。
「おねえさん!!どうだい!?この新鮮な魚!朝めしにどうだい?」
魚売りの男に声をかけられニコリと笑いかける。
「ちょいと!美人なおねえさんだねぇ。この大根今朝取れたばかりなんだよ。みずみずしいだろ〜?1本買っていっておくれな。」
野菜売りの女は言葉巧みに大根を勧めた。
こんな調子で初めて市場に足を踏み入れた薫は、言われるがままに話にのせられ、買った食材は、十数点。
「・・こんなに一人でたべられないわ・・。だいいち、忘れてたけど、私、お料理出来ないし・・。」
薫姫の朝ごはん想像図が見る見る遠のいていく。
「・・お腹すいたぁ〜〜!!」
薫姫は、行く当てもなく、さまよい歩く。
「・・疲れたぁ!!どうしようかしら・・?もう家へ帰ろうかなぁ。」
ど根性娘・薫が弱音をはきたくなるほど京の都は広い。
「・・だめよ。折角家を出れたんだもの。もうこんなチャンス一生無いかもしれない。」
お姫様は、お座敷で貝あわせや、香の香りのかぎ比べなどして毎日過ごすのがこの頃の常識。
「あんな退屈な毎日、こっちから願い下げよ!!」
薫姫には、そういうおしとやかで退屈な暮らしは合わなかったようだ。
「よぉよぉねえちゃん。」
角を曲がったところでお約束のチンピラ登場。
「・・なっ!なによぉ!!人の事じろじろ見て!無礼な男っ!」
そしてお約束の台詞。
「なんだとぉ!?女だと思って優しくしてりゃあつけあがりやがって!!」
「キャア!!」
薫姫は、手首を掴まれてしまった。
「・・痛いわねぇ!!放しなさいよ!!」
必死に抵抗するも相手が放す筈はない。
「このっ!!放せって言ってるでしょ!?」
薫姫、大ピンチ!!
ここで登場するのがまたまたお約束、我らがア〇パ〇マ〇!!
ではなくて。
「やめるでござるよ。」
赤髪に十字傷。
「何だ!?お前は?」
風が一陣静かに吹いた。
「お前に名乗る様な名前は持ち合わせていないでござる。」
小柄な優男は、静かに刀を抜く。
「・・刃とみねが・・逆!?」
「へっ!そんなおかしな刀で俺たちを斬ろうってのか!?百年早いぜ!!」
腰にさすのは逆刃刀。
チンピラは音もなく倒れていた。
(カチン。)
刀を鞘に納めると
「ケガはないでござるか?」
優男は微笑う。
「・・斬ったの・・?」
薫の瞳からは何故だか、涙がこぼれ落ちた。
「信じられない!!今まで生きてた人間を・・斬って殺すなんて・・あなたは人間じゃないわよ!!」
「死んではいないでござるよ。もっとも生きている様に動ける訳ではござらんが。」
尚も優男は、微笑っていた。
「・・死んで無いなら早く言いなさいよぉ〜!!」
(ポカポカポカポカ!!)
「おろろ〜!?」
薫必殺北〇〇拳炸裂!!
「痛いでござるよぉ・・。」
「さっきは・・助けてくれてありがとう。それと・・ひどいこと言ってごめんなさい。」
薫の口調はどこかふてくされているが、その言葉は素直だ。
「いいんでござるよ。気になさるなでござる。」
風が優しく髪を撫でる。
「私は神谷薫。」
「拙者は緋村剣心でござる。」
こうして二つの歯車が同じ音を刻み始めた・・。